昭和57年4月16日 春季大祭における教話      【 末永信太郎 】



 今日は、その大盛りに色々、野菜が出ております。大根、かぼちゃ、竹の子、キャベツ。ね、そういうものが、この、出ておりますが。今日は一つ、野菜づくしでお話を聞いて頂きたいと思います。どうぞ、その中から、ね、大根一つの、かぼちゃだけの信心でも良いから、いよいよ、しっかり頂いて帰って自分の信心の芯ともして頂けば有り難いと思います。今、どの野菜から頂く御理解でも、キャベツでも、大根でも、竹の子でも。ね、かぼちゃでもおかげが頂かれるだけではなくて、それに徹して行かれたら、お徳が受けられると私は信じております。

 今日、こちらへ出掛けに神様にお礼して参っておりまいたら、あの、昔、あの、兵隊さんがこう遠いところから、手旗で、手旗信号ちゅうのがありますね。あんな情景を頂いたんです。本当にあの、神様が氏子に、ね、こうあってくれよ。こういう、この道を行ってくれよ、こう改まったくれよと、こう盛んに手旗で信号しておられるのですけれども。それを、聞き取りきらず、見極めきらない。で、私どもが難儀、いわゆるこの世は、苦の世界というような苦の世界にしてしまっておるような事ではないでしょか。

 これは、今日のお祝詞の中にも申し上げました、確かに信心の喜びと驚きという事がありますが。もう、日々が私は驚き。ね、それは、喜び。そこに、私はお道の信心者の、信心生活がなからなければならんと思います。今、御神戒を頂かせてもらいよりまして、これは教内でも問題になる、一番はじめの、神国の人に生まれて、神と上との大恩を知らぬ事といったような御教えがあります。

 何か今の私、日本人にはちょっと可笑しいような感じもせんではないですけれども。これを全世界、教祖の神様は、ね、世界を包みまわすと仰せられるような、天地から申しますと世界中の氏子がです、この神と上との大恩を知らずに難儀をしておるという事になるのです。ですから、小さい日本の、金光教の神様ではなくて、世界の総氏子の神様として頂く時に、その神様の大恩を知らぬ。神の大恩を知れば、子孫も続き、身代も出ける。ね、一年勝りのおかげが受けられると教祖は教えておられるのでございますから。この神様の大恩を、大恩といよいよ一つ分からせてもらう。

 いや、それは話を聞けば分かるんですけれどね。この水一杯でも、この米一粒でも天地の御恩恵なしに出けておる物はないのだと。もう、一切がそうなんだと。ね。それを、私どもが、それを神様の御恩と言やあ、そうだなと分かるんですけれどもね。結局、実感としてそれを神様の御恩恵として頂ける時に、心から有り難いという心が生まれて来る。いわゆる、神恩報謝の、本当の意味においての生活が出けて来るようになる。ね、神の大恩を知れば、子孫も続き、身代も出け。ね。

 いよいよ、代勝りのおかげにも繋がって行くようなおかげが受けられる。ね。人間と身代と達者が足ろうてとも仰せられるが。そういう、すべての幸福の条件が足ろうて。しかも、子に孫にとこう伝わって行って、初めて金光教の信心を頂いたんだ、分かったんだという事になるのですけれども。過去、んなら金光教百年の信心を振り返ってみて、沢山な人が助かり、まあ、信心の驚きという事では、もう本当に驚きを感じて、信心の有り難い事を分かった人は沢山あろうけれども。

 ね、それが喜びの徳となっていない。だから、子にも孫にも伝わっていない。一代きりでしまえておるといったような例が沢山あります。ね、本当の意味においての神の大恩を分からせて頂く事のために、先ず私どもはね、一つ大きな願いを立てなければならんと思います、大根。大根とは大きい根と書いてありますね。信心は、大きな信心が良いと、迷い信心ではいけんと、こう仰っておられます。なら、大きな信心とは大きな事を言うたり、大きな事を願っておるというだけではないのですね。

 先ず、私の心事態が一つ大きくならないと。ね。私の、いわゆる大根にならなければいけない。ね。今朝からの朝の御理解にも頂きましたように。私、まだ椛目時代に、長紋付のお供えを頂いた。ところが、私の紋はだいたい、こう梅鉢なんです。ね、梅があの、天満宮様のご紋に、(ごわ?)が入ってる、梅鉢。その、梅鉢のその輪がないお紋付であった。それをお供えさせて頂いた時、これからが、これが家の紋、大坪の紋だと神様がお知らせ下さいまして以来、私の方の紋は、いわゆる天満宮様と同じ梅鉢をとった、中の梅の紋であります。

 御理解で頂きますと、ね、これにこう、迫があると言うか。ね、とあると、もう、大きくなれない。だから、この輪を取らせてもらうと、限りなくこの梅鉢も大きく育って行く事が出けるけど、輪があっては。ね、もちろん、それは私は我と思います。我を取れよというお知らせであったと思いますが、以来、私の紋はあの、梅鉢ではなくて、梅の紋になりました。

 ね、まあ、そこでという訳ではありませんけれども、おかげで日々の信心けいこの、その対象が、それこそ、まあ、これは福岡の教会の初代の御信心の信条はもちろん今の福岡教会においても、それを信条となさっておられると思いますが。ね、馬鹿と阿呆で道を開けと。福岡という所はなかなか、ね、学者が多い所で、私のような無学な者ではとても福岡で布教という事は出来かねますように思うと、四神様にお届けをなさった時に、ね、馬鹿と阿呆で道を開けよと、吉木先生に四神様がお伝えになったという事でございますが。ね。

 どんな医者も学者もね、言うならば、福岡の吉木先生のお取次ぎによって沢山な人が助かった。ね、言うならば、もう馬鹿と阿呆で道を開くという事を信条となさった。この辺りで、あの、かぼちゃの事を、まあ、馬鹿の代名詞のように申しますがね。あんヤツはボウブラんごたるヤツっち言います。あれは馬鹿だという意味なんです。今日、私はそのかぼちゃをここで頂いた。ね、いよいよかぼちゃに徹したいと、こう思うんです。ね、大根のようなおかげを、大きな根が、いよいよ限りなく大きい根、大きな心になって行くという事は、一切をかぼちゃの信心で受けて行くという事なんです。

 言うなら、まっ、大きな信心と言やあ、これほど大きな信心はないと、私は思う。馬鹿と阿呆で道を開くという。もう、徹底して抜けるんです。ね。それを、まあ、合楽では様々に言うなら説かれますよね。今朝の御理解は、天地日月の心になる事肝要という御理解がございますが。なら、天の心とは、地の心とは、日月の心とは。もう、それこそ合楽では、もう、こう、あらゆる角度からこの心を説きます。

 しかも、だから誰でもその気になれば、天の心にもなれれる、地の心にもなって行けれる手立て。しかも、楽しゅうなる、有り難うなる。しかもおかげが受けられるという、まっ、説き方をしてあるのが、御理念による信心だと思うんです。ね。ところが、今日の御理解は、まあ、その天地日月の心になる事と仰せられる、そのところの、そういう意味でなくて、いわゆる、天地のように生きたいという大きな、いわゆる角度から頂いたんです。ね、天地のように生きたい。

 ね、それにはね、大河の流れのように生きたいという内容じゃなからねばならんという御理解でした。大河の流れ。ね。それこそ、先だっての手紙に、末永先生から来とったが。もう、それは、もう本当に、大変な大きな川が流れておるんだそうですがね。もう、表面は穏やかに穏やかに、流れておるか流れていないか分からないような、優々とした流れであるそうですけれども。一度中へ跳び込んだら、もう人の事は渦を巻いて流れておるという事です。

 様々な事があります、どんな事でもあります。けれどもね、もうそれこそ、何もなかったかのように、何もないように。ね。通りぬけ、大河のように生きたい。表面に出さんで済むのです。ね、そういう信心を身につけたい。天地のように生きたい。内容は、んなら、大河の流れのような生き方をいよいよ目指させてもらう。そこで、手立てとして、今も申します、かぼちゃの信心で行こう。そして、私どもは、本当に大きなおかげが頂きたい。これは、もう誰しもが願う事だと思うんです。ね。

 ところが、大きなおかげは頂きたいんだけれども、ね、心が小さい。ちょっとした事が、もう心配になってたまらん、腹ん立ってたまらん。ちょっとした事が悔やまれてならない。そのちょっとした事に、愚痴が出る、不平が出る。これではね、いわば、大きな心とは言えません。そういう時に、まあ、馬鹿と阿呆という事でしょうが。ね。それを、私どもは、言うなら地の心と。黙って受けて受けて受けぬく心。しかもそれを、そこまでなら、なかなかこんな難しい事を受けんならんと思いますけれども、それを嫌とも思うても、汚いと思うても、受けて行く内に、自分の心がいつか、こう越えて来る自分に気がつくのです。ね。

 養素拝山です。自分の心を養うところの、ね、元になるのは、ね、山を拝んで行く以外にないと言うのですよね。養素拝山。自分の心を養うて行くその元というのは、ね。苦しいとかきついとか、分が悪い。様々、言うなら嫌だと思うような、その事を、まっ、修行の事を合楽では山と、こう言う。その山を拝んで行くという生き方から、自分の心はもう嫌が上にも豊に超えて行くんです、大きくなって行くんです。ね。そこには、まあ、実証としてかつて頂き、感じた事のない喜びとも、また、本当にこんな素晴らしいおかげを頂いてという事にもなって来るんです。

 ね、受け物が出けて、そのおかげ。それこそ、驚きと喜びが一緒に頂けるようなおかげなんです。ね。だから、大きなおかげを頂きたいという願いを持てと。そんなら、どういう信心をさせて頂いたら、はあ、真の信心、真の信心と、まあ、私どもも言うても参りましたが、その真の信心とはというと、ね、なかなか持って分からなかった。一生懸命参ることやら、御用させて頂いたり。ね、というような事でしたけれども、本当に合楽で言われる天地日月の心を心とする生き方。

 天とは、もう限りなく与えて与えて止まない心なのだと。ね。この与えて与えて止まないという、麗しい心そのものが、めぐりをもいつの間にか無くして行くんです。与える心。これもいつか頂いた御理解ですけども、数字の五という字を書いて、下に一の字を書いてごらんなさい。与えるという字を崩したこれでしょう。五を書いて、一の字を。ね。当たるという事はです、剛を引く事になるんです。剛と言うなら、仏教的に言う剛が深いと申しましょう。言うなら、難儀をしておる、その元と言う訳です。

 ね、そこにね、無条件で与えて与えて止まない心、そういう美しい心がだんだん育って参りますと、めぐりのお取り祓いを願わんでも頼まんでも、いつの間にか引かれて行っておるのです。剛を引かれて、剛が無くなって行くんです。ね。地の心とは只今申しますように。ね、ここでは黙って治めるという事が言われます。いよいよ、大地の心を心として、一切の事を養素である。自分の心を養う為の、言うなら元ともさせて頂いて、いよいよそれを豊に大きく育てて行く。ね。

 とかく信心は地を肥やせ。ね、地を肥やしておけば、一人でに物が出けるようなものじゃと。ね、一人でに物が出ける。ね。そういう実証が現れて参ります。ね、だから、いよいよ豊にせずにはおられない。嫌な問題、ね、普通から言うなら、信心のない時なら腹の立つ問題。ね。分の悪い話といったような事がです。ね。それが、受けるという事に楽しゅうなって来る。はあ、これでまた、心が豊になるな。これで、また心が大きくなれるなということ。ね。私はこの、限りなく美しゅうという、しかも無条件というのですからね、天の心という。

 私どもに与えて下さる、それに、ひとつの条件がないです。ね。もう、黙って与えて下さる。ね、それを私どもが、受け物が悪いから落としてしまうのであって、実際はあらゆるおかげを、神様は与えに与えて下さるんです。キャベツが今日は沢山お供えしとった。ね。キャベツというのは、こう一皮一皮むいて行くです。ね。自分もいよいよ改まりに改まり。ね。身の皮をはぐようにして、おかげを頂いてまいります。そして、最後には芯だけになります。ね。

 私は、我情我欲が無くなって行くという事は、そういう麗しの心というか、天の心を目指さなければね、天の心は分からないと思う。ね、我情を言うたり、我欲を言うておったんではね、いつまで経っても、言うなら神の大恩を芯から分からせてもろうたり、悟らせてもらう事は出けない。ね。そこでです、私どもが神様のお心が段々分かって来るのですから、神様が私どもを思うて下さる。子供を持って合点せよ、ね。神様が氏子は守って下さる事を悟れと、こう仰るが。

 先だっての御理解の中に、ね、信心のある者はどういう事かと言うと、親が子を思う、思う情念。ね。親が子を思う情念。これは誰しも一様である。先だって、久留米教会の、今度初代の40年の式年祭が行なわれる。あそこで、何かパンフレットを先だってから沢山こう頂いております。そのパンフレットを私、読みませんから読んでもらいました中に、ある寒い冬の夜に。ね。夜遅うまで、御祈念にもうそれこそ明け暮れておられたのでございますが。下がられて、寒い中に光男先生、あの、二代の教会長先生がお小さい時。が、あの、くるっとこの、薄い布団を着て休んでおられる。

 ほれでもう、ああ、寒かったろう、冷たかったろうと言うて、先生が子供を自分の懐の中に、自分の体で温めながら、まあ、本当に子供というものはこんなにも可愛いもんだろうかと思うて抱きしめられた時に、お広前の方から、ね、神様のお声が流れて来た。ね。今、お前が、ね、この子供の可愛さという、こんなに子供というものは可愛いもんだろうかと自分の腹で温めながら思われる、その心が神の心ぞというお知らせを受けられたというお話が載っております。ね。

 ですから、ここまではね、子供と親との情念というものは誰しも同じなのです。だから、それを持って悟れと、こう仰るのですから。私どもは、そういう親が子を思う情念を持って、親の事が願われる。親の事が思われる時、初めて私は、御神徳を受けられるという先生方だとか、御信者さんは、ね、親の心が言うならば分かって。その親の心をです、親が子を思う情念にも等しい心で、私どもが親を思う。親神様を思う時に、その親神様の、言うならば願いであるところの願いにも応えさせてももらおう、手にも足にもならせて頂こうという心が、止むに止まれんものになって来るんです。

 ね、それがね、我情我欲がある時にはそげな事が思われん。それこそ、キャベツじゃないけれども、ね、一皮一皮こうむいて行く内にです、自分というものが無くなって来る。自分というものが空しゅうなって来る。それと同時に、我情も取れ、我も取れてくるわけなんです。ね、芯だけになって来る。ね、そん時にです、初めて分からせて頂く、私は情念だと思うですね。氏子が神様を思う念。ね。子が親の心を思う。何とかして、どうのかして、親に喜んでもらいたい、親に安心してもらいたい。

 それを止むに止まれん心で思うその情念がです、私は、キャベツの信心をしよらなきゃ出けん。ただ、思うただけで、出けんのです。いわゆる、竹の子の信心。ここでは、竹の子をいつも、親孝行の信心と言われますよね。お芝居の中に二十四孝というのがある。それこそ、寒中に親が竹の子を食べたいと言う。こげな雪の降っとる寒中にどうして竹の子があるかと、もう言やあ、もうそれまでである。けれどもね、いわゆる、それこそこのカ中に竹の子のあろう道理はないのだけれども。ね。

 親の言われる事であるからと、裏の竹やりに入って、竹の子を、まっ、掘ったけれども、もちろん竹の子はなかったけれども。自分が求めに求めておった物が、そこには埋けてあったと言うのですよ。ね、竹の子のお知らせは、だから、その二十四孝からとって、竹の子のお知らせを頂くと、まあ、親孝行の信心という風に言われます。ね、普通の事であった竹の子の時期に竹の子食べて、ああ、そんなら竹の子買うて来てやろうというぐらいなら、誰でも出ける。

 ね、ない時にでもです。ね。親がそれを食べたいと言うならば、竹の子、ね、ないかも知れんけれども。ね。親の願いであるからと、まっ、竹やみに下りて行く純粋さ、素直さが信心には求められます。親孝行の、もう私が、あの、初めて参って来る方達には、もうようようとお話致しません。先ず、おかげを、先ず願う氏子におかげを授けと仰せられますから、おかげを授けて下さる願いをする。そして、お礼に出て来る。ね、それからボチボチお話をするけれども、それは親孝行の話をする。

 彼方のところの仏壇はどげな風になっとんの。きれいにお花が上がっとんの。御仏壇の中がゴミだらけじゃなかの。先ず、帰ったら御仏壇のお掃除をしなさい、お花を上げかえなさい。ね、朝夕には、お線香(   )上げて、ね、拝む心になりなさい。ね。親不孝しようというような者は、そげん滅多におらんけれども。親に孝行しとうてたまらんという情念を燃やす者が少ない。親が子を思う情念。そういう情念を持って、親に孝行をしたいという一念を、ね、今日からはそういう精進、努力をなさい。

 本当、振り返ってみると、親の言う事を聞いていない。親の思いに添うていない。もう、すぐ、今日から只今からでも出け、そういう私は話をするんです。先ずは親孝行ですよ、金光様の信心はと。ね。そすとね、確かに親が喜ぶ。その親の喜ぶ様子を見るとこちらが嬉しゅうなる。ここまでは道徳的な話で同じですよね、あんまり。ほら、校長先生のお話でも、今時はそげんじゃなかろうけど、昔はそげんじゃった。ね、天皇陛下へ御忠義を申し上げんならん。親にはこうこうせんならんという風にね、頂いて来たんですよ。ね。
 だからその、校長先生があげん仰ったけんち言うてから、なら親孝行をする気になると、親が喜ぶ。親が喜ぶ、自分もやっぱ嬉しい。そこまででしょうが。信心の違いはそれからです。ね。それを、神様が仰せ、あれを親先生がああ仰っしゃったからと言うて、それを実行させてもらうと、親が喜ぶ、自分も喜ぶ、おかげも頂ける。ここからが、私は信心の世界だと思うんです。ね。だから、道徳話とか、修養話では絶対ないです。ね。

 だから、時たまには、その道徳を、まあ、間違えとるとじゃないだろうかと、非常識だと。非道徳だという風に言われるような念も確かにあるかも分かりません。超道徳ですから、超常識ですから。だから、超がつくようなおかげにもなって来るんです。先だってから、ある方が、4~5日前でした。もう、佐賀から、もう二年何ヶ月(      )なさいましたが、毎朝参ってみえます。いやあ、一回じゃね、朝昼晩参って来なさる時もある。佐賀からですよ。ね。

 まあ、色々信心が分かれば分かるほど、本当に、まあ、生活全体が改められて来る。先だってもでした。いつもお初穂を、家族中の方達、いっぱいこうなさる。ところが、その日は、お初穂を二つだけしてある。そして、もう本当に、段々いわゆる神様がご承知でしょうから、もう私の名、私のお初穂だけで。ね、まあ、言うなら諸々の願いはこの一つの中に込められておると言うのでしょう。という、お届けがありましたから、そうですなあと言うて、私はお取次ぎをさせて頂いた。

 (      )お届け帳に上げようと思うて御祈念させてもらいよったら、頂いたのが、与作と頂いた。ね、そこに与作という、うどん屋がありましょうが。あの与作。ああ、あそこのうどんな美味しいですばい。はっはっ。いや、本当。先だって、私も何もいけんち言いよったら、その若先生があそこへ、その子供達連れて、何かおうどんを頂きに。はあ、親先生にあげたいち言うとったら、そんなら私が今から打って、そしてこちらから召し上がる時に、あの、時間を言うて頂きゃそれに合わせてね、あの、持って行きますから。

 この頃はちょいちょいあちらから持って頂くんです、ですから。ところが美味しい、やっぱり。あっ、まっ、与作のその宣伝じゃないばってんね。はっは。与作て頂いた、うどん屋の事っじゃろうかと思うたです、その与作て。ね。ところがです、おかげにはね、こういう一つの似様の現れ方があるという事なんです。ね。頼むから、ね、作って与えて下さると言うのです。ね。まあ、大変こう、記念力の強い先生やら御信者さん方がありますよね。やっぱ、記念力だけでも助かる。

 その、記念力というのは、頼みゃパーッと(    )願う。だから、その、願いの神様がこう作って下さる。そして、与えて下さる。して見ると、私一人のお初穂ではいけんという事になりますね。はあ、自分の子供が五人おるなら、五人のやっぱりお初穂をさせて頂いて、そして願わなければいけない。そういうおかげ。ね。そすと、今こう申しておりますように。自分の心がいよいよ豊に大きゅうなる。大根のおかげを頂く。ね。いよいよ、ね、それこそ馬鹿と阿呆で道を開けと仰せられるかぼちゃになりきって行く。

 しかも、それは、ね、自分の身の皮をはぐような、して信心をして行く。改まりに改まって行く。そこに芯が出て来る。まあ、こう言うと簡単のようでもあるし、難しいようですけども、これはやっぱ実行しなければ、それが分からんです。この、昨日、一昨日ですね。さっきは、十三日。十三日とにかくこう、毎月十三日会というのは、もうここいっぱい集まります。もう合楽で一番大きい共励、まあ、機関なんです。ね。神の願いが成就する日として、合楽ではこの十三日という日を大変大切にする。ね。

 その十三で発表をなさっておりました中に、ここの合楽の久保山という婦人が、もう80なのに毎日日参をして見えます。もう、それこそ、毎朝、今日もどうぞ成り行きをいよいよ大切にさせて下さい、尊ばせて下さい。今日もどうぞ土の心でという、もうこれは毎日。しかもそれがね、その斬新なんです。いわば、もう毎日同じ事なんですけれども。ね。同じ事を繰り返して行きよると、いつの間にかマンネリ化するというか、こう、ただ口で言うとるだけちゅうような事ではね、やっぱ神様に通じません。

 それが、本当にです、なりゆきを大事にし、土の心で一生懸命その事だけに取り組まれているから、明くる日は、もう新たなものとして、同じ言葉ですけれども、こう、まあ、私に響いてくるんです、お取次ぎをさせて頂くのに。方が、まあ、発表しておられましたが。ね。それこそ、ここは土の心で黙って受けようと腹を決めますと、ね、そこに黙って治めてはおれないような問題が起きて参ります。

 いや、これは一言やっぱ言うとかなければいけまい。これが子供の場合であったり、嫁の場合であったりいたします。ね、ここは一言ぐらい言うとかなければと思うような事がありますけれども、いやいや、ここはやっぱり黙って治めてと、胸なで下ろしながら、その事を日々実験して行くと。そして思われること。どうして、このように自分の心の中にこんな、その、まあ、イライラとか。ね。自分の辛抱でけないように。ね。もう、それこそ、まっ、言うなら一生懸命力んで辛抱しなければやり抜けて行けれない。ここで一言いうたら胸がス―ッとしようごとある。

 それでも、言わずに、どうしてこういう、この事に対してこんな辛抱しなければならない、辛い思いをせんなんだろうかと思うた時に、初めて気がついたのは、はあ、これが我だなと気がついたと言っております。ね。自分が、例えば嫁子なら嫁子を、息子なら息子達にです。こうあってくれると良いけれども。嫁子がこうしてくれると良いけれどもという、その事が我なんだ。それこそ、どうでも良いという心なんである。いよいよ、馬鹿と阿呆になって、豊な心になって、それが受けたり煮たり出けれるような心になれないのは、これは我が邪魔しておるんだと分かった時。

 分かる、本当に分かるから、その我を取ろうとこう勤める。ったら楽になる。はあ、こんなにも有り難い事を、どうしてこんなに、我情我欲を離れて、真の大道を開けよ、我が身は神徳の中に生かされてあるという、なるほど御神徳の中に生かされておる自分を、ね、その都度つどに分かって行く。私はそれを聞かせて頂きながら、本当に実験しておるモンでなからなきゃ分からない。仕事が仕事を教えると言うが。信心が信心、信心しよるけん、信心をしよるじゃない。

 その教えに取り組ませて頂いて、なおかつ分からないところは出て来るんです。けれども、それを行じて行っておる内に、翻然として開けて来るもの。はあ、我があるからだ。と、気がついた時に、これは、その、我を取り除きさえすれば、楽な事であるな。言うなら、馬鹿と阿呆で道を開くという事はそういう事であり、かぼちゃの信心とはそういう事だという風に思うんです。ね。私どもの願いの中にはもう、本当に痒ければ痒い、痛ければ痛いで願わずにはおられない、頼まずにはおられない。

 だから、願うがいい。実意を持って願うがいい。それこそ、牛馬の事に至るまでと仰せられるのですから。ね。実意を持って、それこそ、ね。この頃、(よくの?名前?の)お届けがあったけん、何じゃろうかと思うたら、犬の名前じゃった。はっは。ね。それこそ牛馬の事に至るまでですから、犬猫の事でも、自分の愛しておる犬であったり、猫であったりするならば、願わにゃならん。それも実意を持って、猫のためにお初穂を奉っての願いであある。ね。もう、ずいぶん高い、まあ、値段のする猫だったそうですけども。ね、行方不明になっとったのが、お取次ぎを頂くと夕方、ひょっこり帰ってきたという。

 ね、実意を持って願うから。だから、もう、そういう程度の低い事じゃなくて、それこそ実意を持って願う。そして、実を言うたら願わずにはおれない事がいっぱいなのだから、願っても良い。そこには、神様が与えて下さる、それをわざわざ与えて下さる、作って与えて下さる、願わずにはおれないのである。という通りにです。ね、まっ、今日の御理解じゃないけれども、天地日月の心という、言うならば、天地のように生きたい。為には、ね、大河の流れのように生きたい。

 ね、いつもこう、波がたったりしとるから、なるほど、そこには渦巻くような事があっても、ね、表面はそれこそ流れておるか、流れていないか分からないくらいな心の状態を態度の上にも出来るおかげを頂きたい。いよいよ、養素拝山である。いよいよ、自分の心が養われてくる、豊に大きゅうなって来る。ね。言うならば、段々、そういうおかげを頂いて行くうちに。ね、その山もまた楽しゅう登って行けれる。ね。不思議に、先だって久富繁雄さんがお夢に頂かれたと言うが。

 とても、それは登りも出けない高い山に、その誰かが登れと言っとられる。下から見上げながら、はあ、登られんとこうやって思うた。そしたら、また、その誰かが言うから登らせて頂こうという気になって登り出したところが、こう、足をかけるところが、また上から神楽が下がってきて、その神楽につかまって、その頂上に登ったという。その翌日は、また誰かが、今度はその山から下りよと、ここはとても目の前下りたとはどげんして下りるじゃろうかと思いよったけれども、ね、下りようと決心したら、下りる道がちゃんとこうついておったというようなね。まっ、お知らせを頂いた方がありますが。

 問題は、登ろうという気になるか、下ろうという気になるか、ならないかという事です。とても、こげな事は難しかと。こげな事は出けんと言やあ、もうそれまでなんです。そこで、やはり、その山登りなら山登りでも、山登りの楽しさというものがね、色んな道具を使ってでも、その、それこそ前人未到というような山にでも挑戦したくなるのが、あの、登山される方達の、まあ気持ちだろうと思うけれども。私どもが限りない御神徳の世界に、こう誘われるというかね。神様のおかげを下さる為には、やっぱりお導きを頂かなきゃならない。

 それで、んなら、この山に登って来ると。とても、そんな山には登れませんと言わずに、登って見ると、まあ、言うなら楽に登られもするし、登ったその後の、まっ、快感というかね。素晴らしい気持ちも、まっ、その山を征服したというような、山登りの喜びというものが(     )来るようになる。これも、十三日の発表の時に、久留米の石田先生が発表しておられました。聞きよってから、なら信徒会長が言っておられました。はあ、まあだ、石田先生がまだ一年二ヶ月ぐらいしか合楽に参って来とりなさらんけれども、とても私どんが何十年信心したよりも、その、頂くとこを頂いておられるという発表をしておりましたが、私が申しました。

 それはね、もう、それこそ、もうあらゆる色んな宗教の勉強をしちゃるです。回教でもキリスト教でも仏教でも。ね。初めて合楽に、その、ご縁を頂かれて、合楽にいよいよ傾倒して行かれて、今度も、(     )、お医者さんですから、お医者さんの研修のために自分は信仰の様々な宗教者の集いなんかにも、その40日ぐらいヨーロッパの方の旅行なさっておられて、帰ってからの、まっ、お話も聞かせて頂いたんですけれども。本当に、もうあちらで回教やらキリスト教やらで、もうそれは見事なこと言いよるげな、研修ん時には。

 けれども、個人個人で話し合う時には、もう食べる事にこどかいたり、言うなら人間関係の悩み苦しみをいっぱい持っておって、解決のしようがない。もう、それこそその時のハガキに、最後に、ね、哀れなるかなと書いちゃった。本当に哀れなるかな。ようもようも合楽にご縁を頂いておった事の喜び。またある時のハガキにはね、私どもこうして遠くヨーロッパに旅させて頂いておりますと、いちいちお取次ぎを頂くという訳には行かんのだけれども。ね。そういう時に、御理念を紐解かせて頂くと、そこにはちゃんと答えが出て来る。

 もう、土の心に極まったと、最後に書いてありました。私は以来です、ははあ、ここでは一切の事に御の字をつけると言われるが。合楽理念、合楽理念と言われるが。合楽理念に御の字をつけるのはこの人だけだと私は思うんです。以来、私は合楽理念と言うから、色々、まあ、その誤解を受けるような場合もあるから、これからは、もう御理念と言おうという事です。ね。合楽理念に御の字をつけて、もう御理念による助かりなのだと。ね。御理念による助かり。

 ね、以外にはないというような事を書いて。この十三日会に発表しておられましたように、ね、もし最近私が言っております事は、これは合楽で段々信心のけいこをさせて頂いておると、このお詫びの信心というものが無くなって来るんじゃないか。そう言えばね、教祖金光大神の沢山な御教えの中にお詫びというような言葉は出て来ないんです。それはね、そして私は改めてまた気がついた事なんですけれども、この頃、信徒大会の時に、あのパンフレットが出来ました。

 あれが、ずっとこう、倍増して行ってますよね。あの、あれは、今年のお届け数がずっと。ね、本当にこう、倍増して行ってる。いわゆる、日勝り月勝り年勝りでおかげを頂いておるけれども。14から15年か20年ぐらい前にですね、パッとこう、ふたとこ落ち込んでるところがあるんです。どうした事じゃろうかと、私は不思議に思うておったんですけれども。私がね、御大祭の時なんかでも皆さんに、もうとにかく、もうお詫びする以外にはないです。もう、とにかくお詫び、ね、お詫びする以外にはないと言うて、お詫びに徹した自分の信心が落ち込んでるです。もう仕様がない。

 それこそ、あの、石田先生じゃないけれども、因縁に落ち込んだら罪、原罪というようなキリスト教的な、その、それに落ち込んだらもう上がりようがないと言うのです。ね。因縁に落ち込んだら、もうそれが原罪にまでなって行くと、もう助かりようがないて言うんです。それこそ、詫びれば許してやりたいのが親心と仰せられるのですから。ね。私どもが、ね、それはなるほど三代金光様のお言葉の中にもございますように。ね、おかげを受けて、ね、お礼の足りないお詫びばかりを致しておりますと、あの(     )のお言葉にありますよね。

 それは、おかげを受けて、お礼の足りないお詫びである。自分というものを見極めて行く。もう、限りない自分の汚いもの、浅ましいもの。ね、これに取り組んで行ったら限りがない。いわゆる、因縁に落ち込んでしまわねばならない、罪、原罪に落ち込んでしまわなければならない。なるほど、これでは一生十字架をかろわなければならんはずだという事になって来たんです。それを、合楽の信心に寄らせて頂くとです。ね、今まで、こんな汚い自分と思うておった、その自分の心にむしろお礼が言えれるようになって来た。人間が人間らしゅう生きてというような、合楽の信心をこう段々頂いて参っておりましたら、お礼を申し上げねばならない事に、自分というものを、自分で自分をいじめておった訳なんです。

 そう言えばね、お詫びに徹したという先生のところで、あんまりごひれいが立ってないですね。やっぱりお礼とか、御願いといったようなね。甘木辺りは御礼とこう言われる。玉水辺りでは願いの信心と言われる。と所の方が、やはりごひれいが頂いてる。私が信じますお詫びの信心から脱却した順位からまたずうっと、ね、いかにも謙虚でこう、よかごたるですね、お詫びの信心は。けれども、お詫びというような、まあ、これは分かりません、今のところで私も。

 けれども、これはひょっとすると、合楽理念の中からお詫びの信心というものは無くなるのじゃないかなとさえ、今思うております。ね。詫びるという事は自分を見極めるという事でしょう。見極めて行ったら、汚いものばっかりだという事でしょう。ところが、その汚いものが汚いものではない。人間に与えられた素晴らしい御恩恵によるものだと。神様のお恵みなのだと頂き、分かった時に、むしろお礼を申し上げねばならん事に自分を、自分で苦しめておった。ね。

 和賀心で祓う事もおれば、犯す事もあると教祖はハッキリ仰っておりますよね、その辺のところ。自分、同じ事柄でも、自分の心で自分を救い助けよとも仰る。我が身を救い助ける。ね、そういう論理的なものをです、合楽では説かれておる。そういうものに、まっ、石田先生触れられたところからです。ね、まあ、言うならば御一家を上げた、あのように合楽に傾倒して行っておられる。

 ですから、もうお医者さんでありますのですから、命の不思議といったようなものを分かれば分かるほど、ここには目に見えない、これから先は何かの働き、力といったようなものを感じるところから、まっ、あらゆる宗教を研究なさった訳でしょうけれども。最後に合楽にご縁を頂いて。ね、おかげを。この頃、元旦の年賀状なんかには、もうとにかく、もう宣言しておられる、自分の周囲の全部の人に。

 自分は合楽様にこうやって傾倒させて頂いて、こういう信心生活を送っておるということを、沢山の人にそれをしておられる。そういう勇気もいるですね、信心には。先だっては、竹内市長が見えられましてから、今度四回の市長選にもあの、相対の人がなかったから、また四回目を勤められる事になった。今度、佐賀で地名しの方の、まあ、一言集といったような立派な御本が出けておる。

 佐賀県、それをこの頃、あの、見せて頂いたんですけれども。だいたい政治家というものは、あんまり宗教関係の事は言わないんだそうですね。ところが、新聞にもね、とにかく市長室のまん前に、こう字句がかかっておる。私の書いたものが、今年は、和すれば乱れる事なし、という。それにこうやってお礼を言うておられるところが、新聞の写真に載っております。ね。竹内市長は、ね、金光様の信者だということを、もう、堂々と宣言しておられる。その、地名しの中にもです、大きな写真入りで、こう出ておりました。

 県知事さんの末に、伊万里の市長の、まっ、自分が、自分の信条とするところを書いておられて。一番尊敬する人は、合楽教会長、大坪総一郎先生ち書いてある。ね。その中には、いわゆる、あの、合楽で頂く土の心に徹するという事が、まあ、短い文にして載してあります。というようにね、私は金光様の御信心を頂いておるという事を、もう皆に、あの、宣言する。ね、合楽示現活動に参画するという事は、先ず自分自身が、ね、私を見て下さいという事にならないと、私は金光様の御信心を頂いております。

 はあ、この頃石田さんが変わったと思いよったら、合楽様に参りよるけんばいのと、言われるものが自分にもある、出けて来た訳なんだ。竹内先生の場合でもそうだと思うです。ね、合楽の名を汚すような生き方をしちゃないというところから、堂々とそれを書けるのじゃないでしょうかね。先ずはそういう、一つの信心の、まあ、言うなら(じょげつ?)と言うかね。信心を確立するという事は、そういう事だと思うんです。

 ね、そしてその内容としてです。いよいよ日々を信心の喜びと驚きに浸らせて頂けれるような日々でありたい。為には、今日私が申しました、ね、大根、竹の子、かぼちゃと。ね、キャベツ。野菜屋さんのようなお話でしたけれどもね。まあ、一つひとつ、私が申しました野菜でのない、その合楽で頂く御理解をね、その中からもう一遍頂いて、そういう信心が身について行っておるかどうか。果たしてかぼちゃになりきって行きよるか。ね。一つ、キャベツのように自分というものをどのくらいに、言うならはいで、自分というものを空しゅうして行く事に勤めておるか。

 ね、いよいよ自分、大きなおかげを願うならば、大きな根にならなければいけない、大きな心にならなければいけない。その大きくなる心を大きくする、豊にする手立ては、ね、養素拝山である。ね。自分の心を養う、それは嫌な事、難儀な事、どんな事でも、それこそが自分の心をいよいよ豊にする、大きくする肥料であると思うて、とかく信心は地を肥やす事だという事になって来る。そこから、一人でに物が出けるようなおかげになって来る。ね。

 どうぞ、一つ大きなおかげを頂いて頂きたいと同時にです。為には、先ず大きな心。ね。今日の、昨日の御理解じゃないけれども、天地日月の心をこまかに、ね、説きますと、ね、本当にあの大きな信心とは大きな事ばっかりをという事じゃないですよ。天地のように生きたい、生きたいばっかり言うとったって。ね。それこそ大河の流れのような心の状態が頂けてくるようにならなければ。ね。それにはね、私はまた小さい、それこそ水も漏らさん信心という事が言われますが。水も漏らさん心の状態。それを、合楽では信行心行家業の行と申します。

 合楽では(よう?)しません。もう、絶対しません。ね、修行生の中にでも荒行をするような、水をかぶったり断食をしたりといったようなのがあったら、もう破門だと言われるくらいです。ね。これは私が実験して実証しておる事ですから、合楽でこの荒行を全廃した、もう境にあの、(   )をご覧になれば分かるように。ね、そこから倍増して行ってるです。ね。ですから、その、んなら、楽かと言うと、んなら水をかぶって断食をするという、匹敵するような行が、心行信行の中にあるという事。

 信心の行、心の行、家業そのものを果たして、本気で行として受けて頂いておるかどうかというところを、もう厳密に、いわば自分の身にして行く修行。これが、教祖金光大神が願われた修行なのである。ね。あの、あらゆる色んな宗教がありますけれども。ね、どんな高所な事を言うと言うて、言う教えがあると言うても、やはり断食をしたり、ね、いわゆるガン行的?な行ではね、私は神様をそれこそ嫌な思いをさせるだけである。ね。心行、心の行です。ね。

 私は日常生活の中に様々、嫌だなあとか、ああ、面倒くさいなあとかという事がございましょう。だから、その嫌だなあと思うその事柄を、有り難いなあと思えれるところまで、一生懸命精進いたします。面倒くさいなと思うことを、面倒くさいなと、言うならば、(放任主義、いわゆる神乍主義という風に? )、間違えるとそんな事になりますけれどもね。私は心行とはね、嫌だとかね、面倒くさいなと思うことを、本気で実意を持ってそれを取り組んで行っておる内に、面倒くさいと思うておった事が、有り難いという事になって来る。それが心行です。

 ね、嫌だなと思うておる事がです、嫌どころではない、有り難くなって来る、好きになって来るところまで、その、それを嫌でも、その事を行じて行く事なんです。必ず有り難いものに到達いたします。そして、それが自分の(         )なって来る訳であります。昨日も、ここの正面に入れてあるお花がありますね。ここでは、御大祭には5~6人の方達が花の先生をなさっておる方達ばっかりですから、銘々?に受け持ってなさっておられる。その中に、そのあの、そこのお花をなさる方が、昨日お届けをされるんです。

 お繰り合わせを頂いて、お花を(      )頂いたが。今度はもう、(      )せん。ね。もう、本当に神乍に生けさせて頂きたいと思うからと言うてね。ね、おつげになった頃、そげな事は考えはなかばいち私が申しました。んなら、例えばね、花の教えも何もけいこしてない人が、神乍、神乍と言うて、こうやって生けたらどげな花になるかて。やっぱ、お花にはお花の一つの、まあ、約束というものがあろうが。その約束で、あの、よりとったお花なかなきゃいけない。

 しかも、先輩やらもっと上手な方の写真やら絵やらに描いておられる、持っておられるから、そういうものでも見て、参考にして、より良い、言うなら花。そして、生神金光大神を唱えながら入れていく内にです。はあ、これもう自分が入れたとは思われない。本当に神様が、これはおかげ下さったなあという出来ばえになって来るのであって。神乍というのはね、稽古もせんで、ね、言うならばより良い手本を見もしないで(いっこつ?)する事を神乍のような風に使う人が沢山ありますが。それは本当の事ではないです。ね。

 やはり、その花には花の一つの約束がありましょうから、約束を守って行くと同時に、熟練ですね、けいこです。しかも、先輩なら先輩の言うならば、その、それを手本にして、そして、神様をお願いして念じながら入れて行くところに、まっ、それこそ神乍の、自分の腕以上の、まあ、言うならお花が生け上がる事の出けるようにという風に私は申しましたが、これはお花だけの事ではありません。

 ね、どうも、その神乍主義が放任主義であったりね。実意を欠いでおる事を棚に上げて、神乍で片付けようとするような事では、おかげになりません。今日は、言うなら大きな天地のように生きたい。ね、為には、大きな流れの、ね、大河の流れのように内容がなりたい。それを綿密に、いよいよ本当なものに、水も漏らさんようにして行く事の為に、心行が、心行信行家業の行がある。

 ね、そして、自分の周辺に嫌だとか、または面倒くさいと思うことを嫌とか、面倒くさいと思うとる間は心行が出けてない時なんです。ですから、それを有り難いと分かるところまで繰り返して、私は行く事が、まあ、心行だという風に聞いて頂いたが。言うなら、大きな信心に、言うなら水も漏らさんおかげを持って。ね、いよいよ大きな信心、大きなおかげを頂いて頂きたいと思います。

 いよいよ今年は合楽も15年という節年に当たります。来年は百年、教祖百年祭に合楽から千人参りの団参の願いが立てられております。15年祭の記念祭を目指して、また来年の百年祭を目指して。ね。お互いの信心の言うならば焦点をね、間違えずにいよいよ日常生活の上に現して行きたいと思います。どうぞ、今日のお野菜屋さんのようなお話をさせてもらいましたが、その、今日はそれが、今日のお話の芯ですから、かぼちゃを思い出してください、大根を思うて下さい。ね、キャベツの信心を、竹の子の信心を一つ本気で、一つ自分のものにして行く精進、おかげを頂いて頂きたいと思います。どうぞ。